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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)4364号 判決

原告 有限会社コバヤシ・モータース

被告 松本美夫

主文

被告は原告に対し金二十一万六千円とこれに対する昭和三十年六月二十三日以降完済までの年六分の金員を支払へ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金三万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として被告は肩書住所として東京都文京区指ケ谷町六十三番地と記載した株式会社美松商会の取締役社長という資格名義を使用して原告に宛て昭和三十年二月十日金額二十一万六千円、満期同年五月二十八日、支払地東京都品川区、支払場所昌栄信用組合、振出地東京都文京区とした約束手形一通を振出し、(右手形については訴外昌栄信用組合の手形保証がある)原告は現に右手形の所持人であるところ、東京都文京区指ケ谷町六十三番地を本店所在地とする株式会社美松商会という会社は存在しないので、手形法第八条の法意により、右手形の事実上の振出人である被告個人に対し右手形金二十一万六千円とこれに対する満期後の昭和三十年六月二十三日以降完済までの手形法に定められた年六分の利息の支払を求めるものであると述べ、

被告の答弁に対し株式会社美松商会は被告主張の如く、東京都北区上十条二丁目五番地を本店所在地として登記されている実在の会社で、右登記後、東京都文京区指ケ谷町六十三番地に事実上本店を移転したものであるとしても又文京区内には他に同名の会社がなくとも、右本店の移転につき登記が経由されていないのであるから登記簿上文京区内に本店を有する株式会社美松商会という会社は存在せず、北区内に本店を有する株式会社美松商会と、本件手形表示の同名の会社とが同一のものであることを被告は原告に対し主張できるものではないと述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、被告が原告主張の資格で原告主張の手形をその主張の如く振出し原告が現に右手形の所持人であることは認めるが、その余の原告主張事実は否認する。株式会社美松商会は東京都北区上十条二丁目五番地を本店所在地として登記され、実在する会社であり本件手形振出当時は事実上本店を東京都文京区指ケ谷町六十三番地に移転していたが、まだその移転の登記を経由していないだけで、文京区内には他に同名の会社もなく、本店移転前の会社と移転後の会社の同一なことは明であつて、被告は上述した実在する会社の代表権限に基き会社のために本件手形を振出したものであるから、個人として手形上の債務はないと述べた。〈立証省略〉

理由

被告が原告主張の資格で原告主張の手形をその主張の如く振出し原告が現に右手形の所持人であることは本件当事者間に争がない。

原告は右手形の振出名義人である東京都文京区指ケ谷町六十三番地を住所とする株式会社美松商会は実在しない旨主張するのでこの点につき考へる。元来株式会社の住所はその本店の所在地を指すものであることは商法第五十三条第五十四条第二項により明であり、又株式会社がその本店を移転したときはその登記をなすことを要し(商法第百八十八条第三項第六十六条)その登記がないときは、商法第十二条の規定により善意の第三者にその移転を対抗できないことも明白である。しかも同法第十九条(地方自治法第二百八十一条第二百八十三条)商業登記規則第二条の法意に鑑みるときは東京都の同一区内において同一の営業の為に、すでに他人の登記した商号と同一の商号を登記できないこと、換言すれば区を異にする限りすでに他区に登記されている他人の商号と同一の商号を同一営業のために登記することが可能であることを考へ合はせると、一つの区内に本店所在地を定めて、その登記をした株式会社が、事実上その本店を他区内に移転した場合、その移転につき登記のない以上、その移転を善意の第三者に対抗できない結果移転後の本店を移転前の本店と同様に取扱ひ、会社の同一性をその第三者に対抗することはできないものと云はざるを得ない。さもないと、善意の第三者は日本国中の登記所を探し廻つて会社の実在するかどうかをしらべなければならなくなり、取引の安全を害することとなるからである。

本件において、被告がその代表者として行為した東京都文京区指ケ谷町六十三番地に本店所在地があるとした株式会社美松商会は、もと東京都北区上十条二番地に本店がありその登記をしていたものを、事実上本店を上叙文京区に移転したが、その登記をしていないものであることは被告の主張するところであり右主張事実よりするときは、原告においてその移転の事実を知つていたことについて主張立証のない本件では、その移転を原告に対抗できない結果、すでに判示したところにより北区に本店を登記してある会社と、事実上文京区に本店を有する会社の同一性を被告において主張できないものであり従つて会社の実在も原告に主張し得ないものと結論するの外はない。

してみれば被告に対し、実在しない会社の振出名義を使用して振出された本件手形の事実上の振出人として手形法第八条を準用して手形金二十一万六千円とこれに対する満期後の昭和三十年六月二十三日以降完済までの手形法に定められた年六分の利息の支払を求める原告の本訴請求は正当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して(但し無担保申立部分は不相当と認めて棄却する)主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

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